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南アフリカでの人種差別撤廃に人生を捧げたネルソン・マンデラ氏が亡くなり、彼の偉業を語る特別番組を娘たちと見ている。
そして黒人として生きてきた人々の辛い歴史に思いを馳せている。
肌の色で人間の優越がつく。それがあたりまえの世の中があった。
そして今も残念ながら肌の色で差別をするわたしたちがいる。

 

昨年17歳の黒人高校生トレイボン・マーティン君がフロリダで射殺された。
Gated community (ゲーテッド・コミュニティー:門やフェンスで人の出入りを制限している住宅地)の中の夜道を歩いていたトレイボン君は、「黒人がこんな時間にこんなところを歩いているなんて犯罪を犯そうとしているに違いない」と思った「自警ボランティア」のジョージ・ジマーマンに 怪しまれ、声をかけられ、そこから取っ組み合いになり、ジマーマンに射殺された。

 

自己防衛がまかりとおり、ジマーマンは無罪放免に。
少年が白人だったら、きっとジマーマンは何も怪しまず、声もかけず、その夜は静かに過ぎていき、トレイボン君にも明るい朝がやってきたことだろう。

 

トレイボン君の事件後、黒人の子を持つ親たちは心を痛めている。
子供たちに無駄死にしてほしくない親たちは、子供たちに「撃たれないようなマナー」を教える必要を感じているのだ。
「ルーズな服を着るのはやめなさい」
「大人と喋るときは、手をポケットから出して何も触ってないことを強調しなさい」
「誰かにつけられても走って逃げてはいけません」
「白人のそばでは身動きに気をつけなさい」
まっさらな心の子供たちに差別があることを前提とした処世術など教えなくてはならないなんて。

 

最近アメリカでよく耳にするフレーズに、”Shopping while Black” というものがある。
黒人が高級店へ入店したり、高価なもを買ったりすると犯罪者として疑われることを揶揄した表現だ。
オバマ大統領も若いころモールに買い物に行くと店員につけられた経験があるという。
「黒人は盗みを働く」
そう決めつけて店員がマークするのだ。
自分のお金で正々堂々と自分の欲しかったものを買ったのに、
「クレジットカードは偽造だろ」
「おまえのカードじゃないだろ」
「おまえにそんな高級なものが買えるわけないだろ」
と店を出たあとに、セキュリティーに追いかけられ犯罪者扱いをされたという事件がニューヨークの高級デパートなどで何件も起きている。

 

黒人は犯罪者。
黒人は劣っている。

わたしたちは、そう潜在意識の中で彼らのことを思っているのだ。

 

大統領が黒人になって5年目のアメリカ。
やっと大きな声で語れるようになったのであろうか、黒人差別のニュースが多く報道されている。
そしてアメリカの黒人のみなさんの苦難の歴史を紐解くと信じがたいことがいくつも飛び出してくる。
最近、1944年に処刑された14歳の黒人少年の事件のことを知り驚愕した。
20世紀のアメリカ史上一番若い死刑執行年齢だという。

 

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シアトル・タイムスの記事(2013年11月10日)

処刑されたのは、George Stinney(ジョージ・スティニー)。
約70年前に起きたこの事件が今、メディアにとりあげられている。
みなさんにもぜひ、彼の短かった人生について知っていただきたい。

 

1944年3月のごくありふれた午後のこと、14歳のジョージは7歳の妹と飼っていた牛の世話をしていた。
牛がゆっくりと草を食べるのをきょうだいで見ていたのだろう。きっとそこには、ゆっくりと優しい時間が流れていたことだろう。
そこへ、自転車に乗ったふたりの白人の少女がやって来て「「メイポップス」という花を知らない?」とジョージに聞いた。
ジョージは「知らないなあ」といい、彼女たちは「そう、ありがとう」と、また自転車に乗って去っていった。

ジョージの妹は、「なんで白人の子たちがこっちまでやって来たのだろう?」と不思議に思ったそうだ。
当時黒人と白人の暮らすエリアは線路を境にはっきりと分かれていたからだ。
ジョージは、人種差別が当たり前だった当時のアメリカ南部でごく普通に暮らす黒人の少年だった。
しかし、不幸にもジョージたちの前に現れたふたりの少女たちは翌日沼で遺体で発見されてしまう。
彼女たちとしゃべっていたところを目撃されていたジョージは、犯人にでっちあげられ警察に連行され、二度と戻ってくることはなかった。

 

ジョージは自白したということになっている。
彼は子供だ。それも差別を受け入れて育っていた黒人の子供だ。
自分のいうことを白人たちが信じてくれるわけがないと悟ってしまっていたのだろう。
白人に反論などしちゃいけないと思ったのだろう。
家族に迷惑がかかることを恐れたのだろう。
自白をしたらアイスクリームをあげるといわれたからではないかともいわれている。
アイスクリーム...食べたことなどなくて食べたくてしょうがなかったのかもしれない。

 

ジョージの体重はたったの95ポンドだった。
40キロほどの華奢な男の子に二人の少女を殺害し、沼に運んで遺棄する力などなかったはずだ。
物的証拠もなく、ろくな捜査もなく、自白で有罪となり、白人だけが見守る裁判所で死刑宣告を受け、
電気椅子には小さすぎる体を本の上に座らされて14歳のジョージは処刑された。
家族は町を追い出されていた。
拘束されてから一度も会わせてはもらえなかった。
お父さんにもお母さんにも「怖いよ、僕は何もしていないんだよ、信じてよ」とも言えず、
お父さんやお母さんにも「もちろん信じているよ、ジョージ。愛してるよ」とも言ってもらえず、
ひとりで電気椅子に向かっていったジョージ。
彼は、何を思っていただろうか。
「僕は黒人だから仕方がないんだ」
そんなふうに思いながら殺されていったのだろうか。

 

2013年の今日、ジョージの弟と妹は健在だ。
「あの日は、わたしたち家族の911事件だった」と彼らは言う。
無実のジョージを失い、苦しみながらも自分たちが生きていくために必死になっていた今日までの年月。
何を言っても無駄だと口を閉ざし諦めていた70年。

 

しかし、今、ジョージのために人々が立ち上がっている。
有志の弁護士たちが裁判やり直しを申請中なのだ。
命を救うことはできなかったが、再審で無罪判決を取り付け、殺人犯の汚名を晴らそうとしているのだ。

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70年たってやっとジョージの弟と妹は、まわりのサポートを得て兄の無実を証明するための活動を始めることができた。
2013年12月10日、World Human Rights Day(世界人権デー) にあたるその日に、ジョージが裁かれたサウスカロライナ州の裁判所前で 人権活動家やジョージのサポーターがジョージのために祈りを捧げ集会を開いた。
有力者たちが裁判やりなおしが始められるよう世論を動かしている。
長い年月がかかったけれど、今日の白人たちはジョージの無実を信じている。

 

白人たちの前で見世物のように命を絶たれたジョージ。
今、黒人も白人もひとつになって自分のために運動を起こしてくれていることを天国でどう思っているのだろうか。

 

ネルソン・マンデラの言葉です。

No one is born hating another person  because of the color of his skin, or his background, or his religion.
People must learn to hate, and if they can learn to hate,
they can be taught to love, for love comes more naturally to the human heart than its opposite.”

 

誰も生まれた時には、相手の肌の色や、おいたちや、宗教でその人を憎んだりしない。
人は憎むことを学ぶのだ。
憎むことを学べるのならば、愛することを教えることもできる。
なぜなら愛は憎しみと違い、人の心に自然にあるものだから。

 

黒人は劣っている。
黒人は犯罪者だ。

 

もうそんなステレオタイプはぶち壊しましょう。
黒人差別の悲しい歴史をわたしたちが終わらせましょう。
肌の色に関係なく子供は子供らしく、少年は少年らしく、少女は少女らしく、夢を追いかけのびのびと生きていける世の中をわたしたちがつくっていきましょう。

 

Teach people how to love.

今を生きるわたしたちならできるはずです。
Let’s Go Feisty!

 

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